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祖母が大往生。
一時期驚異的な回復を見せたにもかかわらず、2:42 に祖母が誤嚥性肺炎で88歳の生涯を終えました。
長女である母を若くして産んだので、姉妹と間違われることが多かったらしい。 子供の頃はしょっちゅうみんなで泊まりに行って、当時にしてはとても珍しい外国のチョコレートをいただいたり、ダンスを教えていただいたり、なんていうかよその「おばあちゃま」とちょっと変わった「ばーば」でした。 中学高校の頃は従妹の家庭教師をしていて毎週お邪魔してたのですが、だんだんお話することが、少しずつ大人に対して、というかんじになったり、昔、祖母が同じ年頃だったときの話をしてくれるようになりました。 女学生のときに2.26事件があったとか、ちょっとびっくりする話も。 大学に入ってお酒が飲めるようになると、お正月など、みんなでお酒を飲んで楽しく過ごしたのが思い出されます。 お茶の師匠として多忙なスケジュールをこなしながらダンスホールに通ったり、趣味の世界も満喫していた、活発な祖母に、それでもやはり健康への不安があったのか、病院の検査結果がだんだん気になってきました。 母はそんな祖母が元気なうちにいろんな世界を見せようと、毎年家族での海外旅行を企画して台湾、ドイツ、スイス、イタリア、といろんなところに出かけました。 気がつけば、少しずつ少女の頃に戻ってきてしまっていた祖母。 みんなで交代でお話し相手に遊びにいったり、夜いっしょに「お泊まり会」をやったり いろんなことをして、何とか自宅で楽しく過ごせるよう、家族はがんばりました。 それでも、通園施設でのけがをきっかけに、事態は急激に動いていきました。 もう、元には戻れない。 病院を転々とし、老人ホームに入り、歩くのが難しくなり、そして、だんだん言葉を失っていきました。 それでも表情はとても豊かで、お見舞いに行った日にみんなが帰ろうとすると見せる切ない表情は今でもきのうのことのように思い出されます。 土曜まで施設で普通におやつを食べていたのに、日曜に急に入院、あっと言う間でした。 でも、苦しんだりせずに、安らかに眠れたのはよかった。 ほんとに、たいへんな人生だったから、とりあえず、おつかれさまといってあげるのがよいのかなと思います。
by eureka_m
| 2007-11-06 21:35
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